YMOについての私事
YMOについての私事をここに書くのも躊躇われるが、
旬のネタなので(どこがや!) ・・・・
私は、1969年生まれでして、YMOの衝撃は小学校4年生、ウォークマンでライディーンっていうのが一種SFめいたかっちょいいスタイルだった時代です。ライディーンとテクノポリスを馬鹿のように聞きまくり、どのようにして演奏されているかなんて全然考えていなかった。
ただ、シンセサイザーなんていう小難しく・高価なコンピュータで演奏されているという情報だけはあって、雰囲気として憧れていました。
チャイニーズな雰囲気がなんとなく怖かったような・・・(笑)
■お気に入り曲
・ライディーン
・テクノポリス
・レディオジャンク
・The End Of Asia
・Castalia
・Insomnia
・Bridge Over Troubled Music
・Acrobat
■お気に入りアルバム
ソリッドステイトサバイバー
パブリックプレッシャー
■時代の雰囲気(独善)
ウォークマン、春先小紅、アナログシンセ(Moogタンス)、フュージョン、ゴダイゴ、ガンダム、喜多郎(シルクロード)、ビートルズ、アイ
ドル
YMOを貸しレコード屋でコンプリートし、ひたすら生活のBGMとして聞きまくっていた時期が小学校高学年〜中学2年まで。
好みは初期にソリッド〜やパブリック〜なんかの電子的中華風音楽だったのが、BGM、テクノデリックオンリーになってきた。浮気な
ぼくらなんか冗談かと思っていました。この頃の関心ごとは完全にサンプラーサウンド。不思議なくらいに多感な感受性で音楽を聴
いていて、雑誌などからYMOの情報を得ることは全くなかった。(アーティストの発言なんてまったく関係なかった)
中学校一年でヤマハの安いシンセサイザーCS01を買い、メロディを弾いて喜ぶ
■お気に入り曲
・エピローグ
・プロローグ
・LOOM〜来るべきもの
・磁性期
・MASS
・SeoulMusic
・MusicPlans
・Ballet
・U.T
その他BGM/テクノデリックのすべての曲
■お気に入りアルバム
BGM
テクノデリック
急いで口で吸え(スネークマンショー)
戦争は嫌だ怖い(スネークマンショー)
B2ユニット
■時代の雰囲気(独善)
オーディオ、貸しレコード、メタル・ハイポジテープ、FM、アースシェイカー、なめ猫、ハイスクールララバイ、ファミコン
<散開・失ってから>
中学三年の大晦日、NHKでYMO散開ライブを見る。悲しくて、信じられなかった。失恋にも似ていた。
YMOがリアルタイムの存在であることを止めてから、YMOへののめりこみが悲壮感を漂わせてくる。(強迫観念)
ソロワークスやYMOが影響を受けたらしいバンド、後続バンドなどを聞き、YMO関連の情報を貪欲に取得。
ヤマハのミュージックコンピュータでFM音源のシンセサイザー兼シーケンサーを楽しむ、YMOのスコアとテープにセーブされたシー
ケンスデータが宝物で、ステレオから流れる自作シーケンスに酔いしれていた。
イギリスで火を噴いたエレポップへの移行が始まり、特にハワードジョーンズに酔いしれる。
ビデオゲームミュージック(特にゼビウス)にテクノの匂いを感じていた矢先、スーパーゼビウスをテクノアレンジにしたかっちょいい
曲を細野晴臣が演奏していた。NHKで見たE-MUと細野さん、レーザー光線は忘れられない。
あれは、細野さんのひとりYMOだったのだ!
■お気に入り曲
・マッドメン
・リンボ
・ワイルドアンビションズ
・以信電心
・Perspective
■お気に入りアルバム
音楽図鑑
サービス
ニウロマンティック
ワイルドアンドムーディ
ビデオゲーム
スーパーゼビウス
リターンオブザビデオゲームミュージック
■時代の雰囲気(独善)
ラウドネス、アイアンメイデン、ジューダスプリ-スト、MTV、エレポップ、デュランデュラン、ハワードジョーンズ、ネーナ、ツッパリ、ゼ
ビウス
<別の神々の存在>
自我に目覚めた青年は別の神々の存在を意識するようになる。(中学〜高校)
より激しく・よりマニアックに精神世界の拡大と共に、具体的な行動を起こすこととなる。
この頃のお気に入りは、ブラックというメタルファッションメーカー製の鎖付きTシャツとカスタマイズした安全靴。
ハードロック・メタルバンド”Remainder”結成。ツーバスドラマーとしてのちっぽけなプライドを確立(笑)
お気に入りのバンドをライブハウスで見ること、インディーズレコードを漁りに行くことを楽しみとする。
■お気に入りのアーティスト
マイケルシェンカー、ジューダスプリ-スト、アイアンメイデン、ラウドネス、エックスレイ、ブルーハーツ、セックスピストルズ、テラロー
ザ、ウルフ、エックス、サブラベルズ、ライブハウス、アートオブノイズ、プロパガンダ
<深遠な音楽と思想の世界>
大学に進む頃には、赤もしくは黒のスリムジーンズがすっかり定番化し、変人としてのアイデンティティも確立されてきた。
メタリカ、アウトレイジ、スレイヤーなどスラッシュメタル・パワーメタルを聞きながら、首がもげるような運動をした時期。
なぜか政治的に敏感となり、文鮮明(統一教会)、原発、中核派などへの批判を一人で開始。(メッセージ付きTシャツ)
脱色したジーンズと長いブーツ、腰まであろうかという長髪でありながら、細野晴臣、坂本龍一氏らの発する思想的なメッセージを貪
る青年。(言うまでもなくBurrnの購読者)
ドラマーとしてテクニックや音楽性の幅を求める中、プログレッシブロックと出会う。
過激なヘヴィメタルとプログレッシブロック、テクノ的思想の奇妙な同居がポイント。
■お気に入りのアーティスト
細野晴臣、坂本龍一、富田勲、手塚治虫、メタリカ、イングヴェイマルムスティーン、ディーンカストロノヴォ(ドラマー)、ライオット、デ
ビッド・T・チャスティーン、キングクリムゾン、イエス、ELP
■お気に入りアルバム
SFX
メディアバーンライブ
<回帰>
激動の90年代
きっかけは何だったのだろう・・・一通り青年時代のエネルギーを発散した後に残されたのは、テクノへの回帰とエスニック音楽への
傾倒だった。電気グルーブの1stに出会ったから?テレビでソフトバレエに出会ったから?細野さんが先祖帰りをキーワードにした
から?
式部、おおたか静流、クライスラー&カンパニー・・・心に強く染みるメロディ、こぶしを求め始める。
表面的な激しさが奥を潜め、感情の流れをコントロールする音楽の不思議(Musicの語源はMagic)
商業としての音楽を消費するのに飽きて、自分の感覚を元に音楽を聞く、そういう段階に突入したんだね。
元を正せば、日本人である自分達を茶化して、中華をシンセサイザーで表現して見せたソリッドステートサバイバー、エスニックと環
境音楽のエッセンスを荒々しいサンプラーの音で表現して見せたBGM,テクノデリック・・にすべての種(DNA?)が仕込まれていたん
だ。エレポップのメロディとアプローチだって高橋幸宏とパラレルに進行していたし、細野さんがノンスタンダード、アシッドミュージッ
クなどで発していたメッセージはエスニックミュージック爆発の前触れだった。
坂本龍一のピアノ、オーケストラに見せるメロディ、ラストエンペラーにおける二胡アーティスト”ジャンジェンホワ”との競演
準備は整った。さぁ、まっさらな自分で音楽と向き合う旅の始まりだ。
キーボードトリオバンド”静流”スタート
エンヤ、式部、フランキーゴーズトゥハリウッド、YMO・・・・自分がやりたかった曲をやるだけのバンド。
異種格闘技カルテット”co-静流”スタート
ヴァイオリン、胡弓、電子楽器(シンセサイザー、リズムマシン、シーケンサ)、エレキギター、ドラムをとっかえひっかえで演奏する奇
妙なバンドをスタート。
式部、おおたか静流、クライスラー&カンパニー、ELP、YMO、クラシックの曲を好き勝手なアレンジで演奏。3本のテープを残す。
■お気に入りアルバム
オムニサイトシーイング
<再生>
YMO再生のニュースを何で知ったか覚えていない。
静流のメンバー(ちなみに女の子2人ね!)と弟を誘って皆で史上最大のお祭り騒ぎ”テクノドンライブ”に便乗する。
大カップのビールを片手に、トランスだかなんだか分からないやたらと高音質な新生YMOに違和感を感じる。
自分が刺激を受けたかつてのYMOではない、イベントとしてのYMO再生の儀式。
明らかにファンサービスとしてのファイアクラッカー、ビハインドザマスク・・・まったく響かないよYMO。
トランスミューテーションも悪くないし、久々に聞くYMOコーラスもちっとも悪くない・・。
ただ、自分と目の前にいる元YMOのおじさん達との距離感に寂しくなった。
ただ、ライディーンが始まるかと思いかけた時の会場全体の異様などよめき・・・あれは本当だった。
巨大なエネルギーの渦が、ドームのステージに注がれた瞬間をはっきりと思い出せる。
震えた。涙が出そうになった。
ファシズムのコスチュームで儀式化された最後のステージと共に封印されたはずの怪物がまだ生きていた。
それが確認できただけで充分だ、もうYMOは要らない。
あのエネルギーを放出した多数のYMOチルドレン達が、次世代のYMOを創造しなければならないはずだ。
■お気に入りアルバム
テクノドン
<まだここにいるよ>
サラリーマン生活に突入し、コンピュータを使った仕事に熱中する。いつの間にかアディエマス、姫神、元ちとせ、エニグマ、シークレ
ットガーデンなどのヒーリング系と言われるような音楽ばかりを聞く生活となっていた。心境の変化をよそにしていつも寄り添ってくれ
る”肌着のような音楽”が大好きになっていた。神聖な音楽を馬鹿にしているようで大嫌いだったカラオケでYMOを恥ずかしそうに歌う
ことにも慣れっこになり、音楽を消費することからも遠ざかっていた。
YMOで繋がった大切な友人を失い。多大な影響を与えつづけた親父をガンで失った。
テレビから流れてくるJポップという産業音楽、相変わらずのバラエティ番組、戦争のニュースさえも心に触れることはなかった。
いつだったか、SkechShowというプロジェクトの噂を聞いた。
細野晴臣、高橋幸宏のユニットで、ライブでは坂本龍一も合流したらしい・・・・
「へぇ、一時的にYMOになったのか」
午後出勤だったある日、ぼんやりとTVを見ていたら、SkechShowが変わらないはずのいいとものセットに座っていた。
「へぇ・・・細野晴臣と高橋幸宏かぁ・・・・」
「え!?細野晴臣と高橋幸宏?」
二人の話しの”独特の間”に躊躇するタモリの汗がはっきりと見えたよ。あれはYMOだ。
尊敬し、信頼しあえる人間同士の、遠慮がちにぽつりと話し、相手の話しを斜めに解釈し、微妙に面白く返してみせる技。
熱狂するYMOチルドレンとは別に、(子供の頃からリアルタイムで感じていたはずの)控えめで大人っぽい普段のYMO。
後日、SkechShowのAudioSpongeを購入した。
黙ってパソコンのCDドライブ経由のオーディオでAudioSpongeを拝聴する。
「なんだかインパクトがないな」
「淡々としてるな」
「お!やけに幸宏のメロが際立っているぞ」
「むむ・・・ヒアウィーゴーって懐かしいな」
「は