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電子楽器、音楽、コンピュータ、プログラミング、雑感。面倒くさいオヤジの独り言

電子楽器の仮想化は必然

楽器がソフトウェア化(仮想化)している件で、本当の意味を考える機会があった。

以前、”電子楽器の進化”とか書いてきたが、本当に必要な進化なのかもなぁと。

PCに起こった進化とパラレルの必然性があるように思う。

 

■製品寿命

物理的なハードウェアを仮想化する最大のメリットに、製品寿命をユーザがコントロールできるというのがある。人の寿命が肉体に依存しているのと、AI化してデジタルビーイングになる欲求と同じ話。

もっとわかりやすい話、メーカーが部品をストックしておいて修理に対応できる期間は決まっている。高度に電子化した電子楽器を、自前で修理することは難しく、劣化した部品のまま死を迎えるしかない。

 

■最近起こったこと 2000年代問題

Fantom X6の中古を買った。素晴らしい製品だ。

しかし、ファンクションスイッチの劣化(強く押さないと反応しない、何度も押さないと反応しない)やパッドの感度の低下で不安感は否めない。

「2004年に発売されてから16年が経っているので、部品の供給がなく、修理もオーバーホールもできない」メーカーからの問いあわせ回答だ。12年の部品確保となっているらしい。作る方からしたら12年とはなかなか長い。自分が供給側なら相当不安になる(コンポーネントが数千数万あったとして、そのすべての関連会社の部品供給能力を担保しなければならない)

しかし、楽器として生み出された以上、電子楽器の寿命だけが10-20年であって良いはずがない。(携帯は数年だし、PCは5年程度で更新・・の世の中でなかなかハードな要求をしていると思う)

今、2000年代以前にリリースされた電子楽器がヤバい。壊れたらおしまいだ。

アナログシンセは、それでもリストアできる業者が少なからずいるし、めちゃくちゃ高額だけど使い続けることもできる。(まるで70年代のスーパーカーみたいな話だ)

経年変化に対応するためには、ランニングコストがものすごく掛かってくる。

 

■PCで起こった進化との対比

仕事でPCサーバを扱ってきて、いつだかサーバとはラックに収められた高機能なコンピュータではなく、サーバソフトウェアだとかVMwareの仮想サーバを意味することの方が多くなってきたように思う。

物理サーバを仮想サーバにマイグレーションするとか、仮想サーバイメージをモバイルPCのように、どこにでも移動、移設して、変わらない環境を作るとか。

そういうことは、やれメモリが破壊されたとか、HDDがクラッシュしたとか、ハードウェアを拡張するために、数日間のセットアップや調整が必要ですみたいな手間を省いてくれた。(ハードウェアの存在が隠蔽されただけの話なんだけど)

Linuxみたいにビルド、インストール、依存性の解消なんかにとてつもない時間を費やすシステムだと、自分が苦労してやってきたことをどのように移設できるかというのは、すごく重要な問題。なので、初めから仮想サーバとしてセットアップするメリットが大きい。

 

■電子楽器でそれが起こるとどうなるか

電子楽器を前提に作ったデータ(音色であったり、演奏データであったり、マルチ構成のデータであったり、ミックスに係るデータであったり)も同じで、特定の物理ハードウェアや環境に依存したものをどんどん仮想化して、どこでも再現できるようにするのが正当な進化というもの。

一曲の音楽の中に、ものすごい手間と労力がかかっている。音色やゲートタイムやベロシティ、ミックスバランス、1分1秒を大切にというのが本当にそう。

MIDIデータはSMFで標準化されているけど、音色データの再現はどうする?ミックスの情報は?となるとまだまだアナログで残されている。デジタルオーディオデータにしたところで、再生できるだけで、再現はできない。

特定の楽器、特定の環境でしか再現できないと、先に書いたようなハードウェアの製品寿命と合わせて、”再現不可能”な状態になる。

 

■バーチャルシンセはデジタルアーカイブ

実際にそれが起こったのが、MOOGだとかアナログシンセサイザーの仮想化だったのだと思う。製造から40-50年経つ歴史的名機を、なんとしても残さなければならない。

真空管トランジスタも時代遅れで、代替部品がない。回路図が残っていても直せる技術者もいない。チューブアンプの真空管なんてロシアのどこそこでしか供給できないとか、”球がない”とはよく言われている。

アナログの名機を後世に残すためのチャレンジを、電子楽器メーカーはずっとやってきたんだなぁ。自社アーカイブデジタルアーカイブだ。

「ハードじゃなきゃ嫌だ」と駄々をこねていたオヤジ。反省する。

伝統をアーカイブしなければならないんだ。

楽器メーカの進化は正しい。この面倒くさいオヤジよりも。

 

■それでも絶対に変わらないこと

物理的な存在だろうが、仮想的な存在であろうが、音が最終的に空気を震わせるものである以上、DAやアナログ回路部分は絶対に良いものでないといけない。

MX61、MOX6、MOXF6と使ってきて、音色構成以外に、アナログ回路の品質が出音の良さにかなり影響していることが分かってしまった。体感でわかる部分というのは官能を表現する音楽では軽視されてはいけない。

そこがデジタルの世界で完結するPCの世界と、電子楽器を分ける部分だと思う。

最終的に、人間の肉体で受ける聴覚刺激を、仮想化するわけにはいかないだろう。

(脳で直接音楽を聴くとか、デジタル信号を人間が受信できるようになるなら別の話だ)