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電子楽器、音楽、コンピュータ、プログラミング、雑感。面倒くさいオヤジの独り言

哲学的毒舌のすすめ/鷲田小彌太

毒舌をカラッと自在に使いこなすための技術とセンスを語った本・・・ということらしい。
鋭い分析と風刺と笑いのセンス。暴言とのきわどい境目。毒舌のネタにしてはいけないもの・・など。
なかでも「”正論”とは多くの場合”毒舌”である」という主張は頷ける気がする。
(ただし、正義とはきついものだ→現実よりも理想論の方が厳しい→共産主義者のカルトな主張に聞こえなくもない)
最近本当の意味で”チクリ”として、”ほほぉ”と頷いて、”こいつ鋭いな”という毒舌をあまり聞かない。
自分の大好きな”呉智英”、”勢古浩爾”、”西部邁”は皆強烈な毒舌を吐く知の巨人達である。
確固たる価値観や知性、哲学的思考に裏付けられた鋭い視点があるからこそ、馬鹿を「馬鹿!」と罵倒できるわけである。
是非とも身に着けたい、毒舌の妙技。

読後の感想文はここから
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どんな毒舌の妙技が出てくるかとページをめくっていたが、途中であほらしくなった
筆者の毒舌の妙技がさっぱり分からないし、時には単に性悪の暴言にしか聞こえないものも多数。
”TPOをわきまえた毒舌は薬にすらなる”という主張に対して、鮮やかな実例があまりにも少ない。
知性やエスプリの効いた絶妙な毒舌を楽しみにしていたのに。
筆者は哲学に詳しいというようなことが書かれていたので、ちょっと期待した部分があったのだが、カントもヘーゲルもほんの一瞬名前が出てくるだけ。この人、共産主義者だったこともあるようだし、左翼思想家の本が大好きみたいなので、ここからは想像だが・・・
「色々と読みまくった”インテリである私”のきつい暴言を、薬と思って聞きなさい。多少毒があるが、正義とは厳しいものだ」という傲慢な感じがしてしまう。